テキサスの砂漠地帯で車を走らせる若者が、ひとりのヒッチハイカーを拾ってやる。助手席に座らせたその男はナイフの刃を首筋にあててきて「俺を止めろ」と言ってくる。「車を走らせろ。死にたいと言え」と脅してくる。男と男の、妙な因縁が始まりますね。このヒッチハイカーは何なのか。主人公の若者にまとわりつき、追い詰め、苦しめる。平然と人を殺すような凶悪犯なんですね。残忍で、空虚で、謎めいていて、まるで幽霊のような、奇妙なシリアルキラー。1950年代にアメリカで実在したヒッチハイカーの連続殺人鬼が基になっていますが、脚本のエリック・レッドと演じたルトガー・ハウアーは、このいかにも映画的な悪役を、映画の中でこそ邪悪に活かしました。若者を苦しめるためにふっと現れて悪さをし、去っていく。誰を巻き添えにしようと構わない。警察に捕まろうがどうだっていい。ただ苦しめてやる。この嫌らしさ、恐ろしくも、もう目が離せない。これが映画の悪役。映画の凶悪犯。「ダークヒーロー」という言い方はあまり好きではありませんが、そのミステリアスで邪悪な存在感をもって主役を喰いましたね。若者はこのヒッチハイカーによる恐怖と苦しみのあまり、銃で自殺することも考えた。でも出来なかった。そしてさらに悲惨な目に遭う。この世の地獄。ここで苦しみ抜いて殺されるのか。それとも、どうしてやるか。
これは1986年の心理恐怖映画。暴力映画。殺人映画。しかし製作者はこれを悪趣味な低級品で終わらせなかった。スリルを画で見せ、サスペンスを演技で伝える。砂漠で独り、狂っていった人間の恐怖感覚を浴びせて、現代的な緊張感で凍りつかせる。これが本当のスリラー映画。鋭くも、ねちっこく、そして感慨を含ませました。感覚が活きている恐怖映画なんですね。だから観た人をハッとさせる。ハラハラさせる。どうなっていくんだろう、という気にさせる。立派な映画は感覚が活きていて、観る人の感覚も研ぎ澄ます。だから映画『ヒッチャー』は見事なスリラーだと評され、人々の記憶に焼き付いた。映画ファンから敬愛され続け、こうして時間を経ても鮮やかに蘇る。そしてまた初めて観る方々を震わせる。映画に限った話ではなく、忘れ去られることほど不幸なことはありません。そういった意味でも、恐れられながらも大切にされるこの作品は、いつまでも観続けられ、記憶にとどめられて生きていく映画のひとつなんですね。
監督はロバート・ハーモン。監督した当時は33歳。スチールキャメラマンから監督になった人で、ヴァン・ダム主演の『ボディ・ターゲット』やジム・カヴィーゼル主演の『ハイウェイマン』あたりが良かったですね。脚本家のエリック・レッドはスリル、サスペンスに心血注ぐ人で、少年と殺し屋の車中劇を描いた『ジャッカー』で監督デビューしています。これは面白いサスペンスでした。またキャスリン・ビグロー監督の初期作品にあたる『ニア・ダーク/月夜の出来事』と『ブルースチール』のシナリオも手掛けています。撮影にあたったのはオーストラリアの名手ジョン・シール。ヒューマンドラマの名作を手掛け、『愛は静けさの中に』、『レインマン』、さらに『イングリッシュ・ペイシェント』ではアカデミー撮影賞を獲りました。アクション大作の『マッド・マックス 怒りのデス・ロード』の凄まじいスペクタクルシーンの連続には世界中の映画ファンを驚嘆させましたね。音楽を提供したのがマーク・アイシャム。この人も幅広い映画音楽を手掛けていて、『ヒッチャー』に起用されるきっかけとなった『燃えつきるまで』、『リバー・ランズ・スルー・イット』、『遠い空の向こうに』、『ミスト』、『ウォーリアー』など、感動ドラマやアクション、スポーツ、サスペンス映画に厚みと効果をもたらしている有名な作曲家です。
主演したのは撮影当時20歳だったC・トーマス・ハウエル。『アウトサイダー』に主演したことで注目の若手俳優「ブラット・パック」のひとりとして知られます。『ヒッチャー』の不幸な青年も彼の当たり役になりました。父親がスタントマンだったこともあり、自身もアクション志向が強く、大作から離れながらも数多くのテレビ映画やビデオ映画に主演を続け、『ヒッチャー95』や『デンジャラス・ゲーム L.A.大追跡』、『ビッグ・フォール』などでは監督も務めています。テレビシリーズへのゲスト出演も多く、現在も精力的に活動しています。冷酷なヒッチハイカーを演じたのはオランダの名優ルトガー・ハウアー。同じくオランダ・アムステルダム出身のポール・ヴァーホーベン監督初期の常連俳優として1973年の『危険な愛』からオランダ国内外の双方でよく知られるようになりました。アメリカに渡ってから『ナイトホークス』と『ブレードランナー』で敵役を演じ、代表作をものにしました。数多くの出演作がありながらも、日本での宣伝ではいつまで経っても『ブレードランナー』出演が引きに使われましたが、『ヒッチャー』で見せた謎めいた冷血漢の演技も代表作とされるに相応しいですよ。ルトガーは2019年に病気で亡くなりました。世界中の映画ファンがSNSで悲しみの声を寄せていましたね。印象的な悪役を務めながらも、製作者、業界人、ファンから敬愛される立派な名優でした。
上映企画部 若槻