カウラは忘れない【映画配給会社特集 太秦】

カウラは忘れない【映画配給会社特集 太秦】
2021/11/2712/3
『夕霧花園』『スザンヌ、16歳』3作品日替わり上映
カウラは忘れない【映画配給会社特集 太秦】

オーストラリアで起こった日本人捕虜集団脱走
知られざる“カウラ事件”の真実─
それは生きるためか、死ぬためか

カウラ事件
第二次世界大戦中の1944年8月5日、オーストラリア南東部の田舎町、カウラ第十二捕虜収容所で起きた、日本人捕虜1,104人による史上最多の集団脱走事件。これより、日本人捕虜234人、オーストラリアの監視兵ら4人が死亡した。

第二次世界大戦中、カウラにあった収容所では、捕虜による自治がある程度認められており、形式的には民主的な秩序が成立していた。重要事項は42の班ごとに話し合い、班長会議で決定していた。ジュネーブ条約にのっとって捕虜には食事や医療が充分に与えられ、野球や麻雀などの娯楽も許されており、安穏な日々を過ごしていた。そんな中でも、日本人捕虜たちの頭から絶えず離れない戦陣訓の一節があった。「生きて虜囚の辱めを受けず、死して罪過の汚名を残すこと勿れ」。人数が増えすぎた日本人捕虜の分離・移動命令をきっかけに、この機会をとらえて決起すべきだと一部の強硬派が主張する。逃げ切れる望みのない絶望的な集団脱走を決行するか否か、全員による投票が提案された。日本人捕虜一人ひとりは「生」か「死」か判断を突きつけられる。

そして、1944年8月5日未明、 静寂を破るかのように突撃ラッパが収容所に響き渡る―。

本作は、『クワイ河に虹をかけた男』の満田康弘監督が、「カウラ事件」の深層に挑んだ渾身の第2作である。生存者たちに今なお残る悔恨、その思いを受け止めようとする日本の若者たちや演劇人、事件を教訓に和解への道を歩んできた現地カウラの人々…。

この事件が、今を生きる私たちに問いかけるものは何か。生死の決断を迫られた とき、私たちは大きな声に抗うことができるのか?